千葉家庭裁判所 平成7年(少)3469号 決定 1996年1月19日
少年 M・I(昭和56.9.6生)
主文
少年を初等少年院に送致する。
理由
(非行事実)
少年は、父、母、姉及び父方祖母と肩書住居地において生活していた者であるが、平成6年4月に○○中学校に進学したが、同校1年生の1学期の半ばころから不登校がちであったところ、同2学期の体育祭以降登校拒否が始まり、不登校状態にあった状況の下で、そのころから時々自宅内で姉に対し殴る蹴るなどし、逃げまどう姉を部屋まで追って行くなどの暴力を振るい始めた。そして、少年は、平成7年4月25日(同校2年生時)午後6時ころ、自宅において、祖母が姉に飲ませるため冷蔵庫から水を取り出しコップに入れて同女の部屋に持って行こうとしたところ、そのコップが少年の使用するものであったため、「それは俺のだ。」と腹を立てて怒りだし、祖母に対し、その身体を殴る蹴るの暴行を加え、この非行事実に関して、同年5月26日に○○警察署から市川児童相談所にぐ犯通告されたほか、同年11月30日午前零時ころ、自宅において、父に対し、「別居している祖母のアパートの住所を教えろ。」などと詰問し、有刺鉄線を巻いたバットで殴り掛かったり、さらに、同年12月26日午後9時ころ、自宅において、母に対し、自己の指定した機種の携帯電話機を購入してこなかったことなどに逆上して、その顔面等を平手や拳で殴打したり、その身体を足蹴りし、その頭部を板で殴り付けるなどしたものの、なお感情が治まらずに、その背後から鎖鎌でその背部を切り付けて傷害を負わせるなど、家族の者に対し暴力を振るい、その暴力に耐えかねた父、祖母及び姉は他所に避難して生活している状況にあって、自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖があり、その性格及び環境等に照らして、将来暴行、傷害等の罪を犯すおそれがある。
(法令の適用)
少年法3条1項3号本文、同号ニ
(処遇の理由)
少年は、幼少時から、父が、飲酒の上で暴力を振るい父方祖母に依存し続けるなど、心理的に脆弱で、少年に対し明確に方向付けていくような父性的役割を果たせなかったことや、一方、母や父方祖母が少年を愛玩し、少年の身勝手な主張を許容するなど甘やかして接するなどして養育したほか、父と母、父方祖母と母が不仲であり、家庭内に確執が存在し、少年に対し、保護者としての一貫した権成的な働き掛けや、基本的な躾等の社会的訓練が十分になされないなどの問題を抱える不安定な家庭環境の下で成育したことなどが背景となって、学童期に入り集団参加が課題になると、社会的適応技術や役割遂行能力等の集団参加に不可欠な素養が培われていなかったことが障害となって、小学校高学年ころから不登校状態が顕著になり、中学校に進学しても同校1年生の2学期ころから登校を拒否して不登校状態に陥り、このような不登校状態に関して、少年や父が学校側のみに責任を突きつけて解決しようとしたため、学校側が権威を持って少年を指導する関係を作り難くし、家庭も学校側も少年の恣意的欲求を最大限に許容しながら慎重に対応したが、このような対応は根本的な解決とはなり得なかった。
そして、少年は、不登校状態の下で、独りで家に籠もり無為な生活を続け、次第に自覚のないままに独りよがりで現実感を欠いたものの見方に偏るようになって、現実検討力が乏しくなり、自我機能の低さを強めるなどの状況の中で、些細なことから不満を爆発させて、家庭内暴力という本件非行に至ったものである。
少年は、内心では、年齢相応の暮らしをし、学校生活に戻りたいと切望し、同世代の子供達から遅れを大きくしていることに焦りを感じているものの、実際には登校するという現実の行動に踏み込めないでおり、その原因を家庭や学校の援助が不十分であることに求めるようになっていること、すなわち、家庭や学校は全面的に少年の欲求を受け入れて援助して然るべきなのに、それをしないことに激しい不満を向け、その怒りを家庭内暴力という形で発散させるようになっていること、言い換えれば、甘えの裏返しとしての攻撃感情が家庭内暴力となって表れているものであること、加えて、少年の家庭内暴力は、姉、祖母、そして、母や父にも及ぶようになっており、力の弱い者から始まって次第にその対象を拡げている上、少年は、クラスの生徒と喧嘩する際に使用するという動機の下に、鎌、鎖、有刺鉄線を購入して、これら3点を繋げて鎖鎌を作り、終業式にその鎖鎌を持参し、講堂の電気を消して暗くした後、その鎖鎌を振り回し講堂内の生徒達を恐怖で怯えさせるために、その鎌に螢光塗料を塗るなどしており、少年の攻撃性が対家族から対不特定多数の生徒へと対象を拡大させ始めているなど、少年の家庭内暴力がエスカレートしている状況にあること、そして、少年の家庭内暴力が余りに激しいために、母以外は家庭から離れ他所に避難している状況にあるが、このように家族が次々と家庭から離れていく状況が、少年を一層不安にし、激しい暴力へと駆り立てていることや、少年の家庭内暴力の態様が、有刺鉄線を巻いたバットや鎖鎌等を凶器として使用するようになっていること、さらに、少年は、攻撃行動の衝動を自制することができず、また、現実検討力が乏しい状態にあることなどに徴して、このまま放置すれば、主に家庭や学校といった保護領域内で重大な非行に及ぶおそれが多いことなどを考慮すると、本件非行を軽視することは到底許されない。
少年は、知能において、「中の下程度」であるが、総じて、生活場面において、その知能を有効に活用することができないなどとされており、また、幾多の問題を抱えている家庭環境の下で成育したことなどが、少年の性格形成に影響を及ぼしているものと推察されるが、その性格等として、「情緒的に未分化である。すなわち、周囲を自分と切り離して認識し、客観視する力が不足しており、外界を客体としてではなく、自分の延長上のように捉えがちである。心理的距離が近すぎることから、他者の感情を他人のものとして感じとり共感的に対応していくことができず、その結果、とかく物事の表層だけに反応するに留まる。一方、過剰に自分と周囲とを関係付けたり、自分の感情や欲求を周囲に映し見たりしがちである。」「周囲にひ護され、周囲に欲求を満たしてもらおうとする、子供のように依存的で受動的な姿勢でおり、自分の力で自己を支えていくという発想に立たない。そのため、自分で周囲の働きかけに対処したり、自己の欲求を統制しようという構えが希薄であり、わずかに、自分にとって都合の良い働きかけのみ受け入れ、それ以外は排除していくといった、安易な回避手段を通じて自己の安定を図る。」「しかし、全面的に依存的な姿勢が許容されることは少なく、周囲はやたらに自分を拒むものと感じて、自己が支えを失って崩れていくような不安を覚えやすい。そのため、安楽に過ごせる狭い世界へと生活空間を限定する。物事への関与も、自分の関心事にのみ固執し、その他のことは頓着しないといった、バランスを欠くものとなる。」「その結果、社会化がなされず、適応の手段も向上せず、自我機能の発達の低さが加齢とともに顕著なものとなっている。すなわち、現実検討力が乏しく、自覚がないままに、独りよがりで現実感を欠いたものの見方に偏っていき、自分の観念や空想と、外界との境があやふやな状態にまで陥ることがある。また、感覚、記憶、観念などを統括し、生き生きとイメージすることができないことから、系統立てた思考過程を踏めないし、ものの見方は単に既成概念に従った杓子定規なものとなりやすい。」「なお、依存的姿勢を固持しようとすることの背景には、自分の存在が受容されず、甘えが裏切られてきたことも影響していると推測される。それだけに、甘えを許容してくれるはずの人の前である程、拒絶されているという思いを強めて不満を生じやすく、それが怒りの感情に転化しやすい。」などとされているが、このような少年の性格・行動傾向等が少年の生活態度や本件非行を犯すに至った一要因に繋がっているものと考えられ、その矯正・改善が急務であると判断される。
そして、少年の家庭は、保護者である父母のほか、姉及び父方祖母の5人家族であるが、これまでの経過等に照らして、少年を家庭から一時隔離して、専門家による治療的処遇を施す必要性があること、保護者は、これまで学校、警察、青少年センター、児童相談所等に相談するなどして少年の指導に当たってきたが、殆ど見るべき成果を挙げることができずに至っており、少年に対する指導に限界を感じ、全く自信を喪失している状況にあって、現時点においては、少年に対する家庭の指導力に期待するのは甚だ困難な状態にあり、保護者は少年に対する監護の意思はあるものの、少年の施設収容を止むを得ないものと受け止めていること、少年の在籍中学校は少年を受け入れて指導する余地を残しているものの、少年の恣意的欲求に合わせるような今までの対応と異なって、少年に対し学校生活への適応を強く求めて指導した場合には、少年の攻撃性が、家族の者のみに留まらずに、教師や他生徒にも向けられるような事態に発展することも考えられ、通常の授業を受け得る状態になるには多くの障害や危険が予想されること、その他、少年の性格・行動傾向等に照らして、保護観察の保護処分や在宅・補導委託による試験観察にも適しないことなどを考慮して検討すると、少年に対しては、もはや自律的な改善に期待する社会内での処遇は限界状態にあるものと言わざるを得ない。
以上の諸事情を総合して検討すると、少年が、本件非行についてそれなりに反省し、社会内処遇を希望していることや、今回が初回係属であって、これまでに保護処分を受けたことが全くないことなどを十分に考慮しても、少年に対しては、この際、一旦家庭から切り離して、特殊教育課程を実施している矯正施設に収容し、同課程における治療的処遇を行い、グループカウンセリングやサイコドラマ等を通じて、人格的、情緒的な成長を促し、適応レベルを同じくする集団に置いて、責任を持つことや役割を担っていくことなど、社会的な適応様式を身に付けさせ、併せて、義務教育を行って、学力を向上させることを通じて社会生活に参加できるという自信を持たせていくなど、系統的な矯正教育を施して、少年に対人関係の持ち方を体験的に学習させ、適切な感情統制力を身に付けさせて社会適応ができるようにさせるなどして、その方向付けを図ることが最もその福祉に資するものであり、また、非行の再発防止の要請にも合致するものと言うべきである。
なお、当裁判所は、少年の本件非行が、少年自身が抱えている問題と家庭内の保護環境の問題とが重なり合って惹起したものであることに鑑みて、少年が再非行に陥らないようにするためには、少年に対する指導と家庭環境の調整との双方が必要であると判断する。そこで、本少年については、その性格及び情緒的発達レベル等に照らして、専門的治療教育を施すことが必要であるから、特殊教育課程で処遇するのが相当であり、また、保護者の監護能力、義務教育課程中の少年の学力及び社会適応能力等に徴して、出院時に備えて早期から保護観察所と提携して、出院後の親子関係の相互理解及び義務教育課程修了後の進路等の保護環境に関して調整を図ることが必要であるので、別途処遇勧告書に記載したとおり処遇勧告をしたものである。また、少年の少年院出院後の社会内処遇を円滑に行うため、千葉保護観察所長に対し、別途「少年の環境調整に関する措置について」と題する書面に記載したとおり、少年の保護環境についてその調整措置を執るよう要請した次第である。
よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 鈴本秀夫)
〔参考1〕 処遇勧告書<省略>
〔参考2〕 「少年の環境調整に関する措置について」と題する書面
平成8年1月19日
千葉保護観察所長殿
千葉家庭裁判所
裁判官 鈴木秀夫
少年の環境調整に関する措置について
少年 M・I
年齢 14歳(昭和56年9月6日生)
職業 無職(中学校2年生)
本籍 千葉県船橋市○○×丁目××番
住居 千葉県船橋市○○×丁目××番××号
当裁判所は、平成8年1月19日、上記少年について、初等少年院に送致する旨の決定をしましたが、少年の出院後の社会内処遇を円滑に行うため、環境調整の必要があると考えますので、少年法24条2項、少年審判規則39条により、下記の措置を執られますよう要請します。
なお、環境についての調査の結果等については、当庁家庭裁判所調査官○○作成の平成8年1月16日付け少年調査票及び千葉少年鑑別所長作成の平成8年1月16日付け鑑別結果通知書の各写しを参照して下さい。
記
1 少年の少年院在院中に、少年の父母に対し、父母が少年の問題点について理解を深め、少年の指導について十分に意見を交換し、少年院への面会や通信等を通じて親子間の意思の疎通を図るとともに、少年院での処遇の理解を図るよう指導すること。
2 少年の少年院在院中に、少年の父母に対し、夫婦円滑を基盤とした家族関係の調整を図るよう努力させ、少年の少年院出院後の受入れの準備をするよう指導、助言を与えること。
3 少年の少年院在院中に、少年の父母及び在籍中学校に対し、少年の義務教育課程修了後の進路について協議するよう調整し、少年の少年院出院後の進路選択が適切になされるよう指導、援助すること。